2019年7月7日日曜日

世代と世代をつなぐ


聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである。
心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。
これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。
これをしるしとしてあなたの手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。
これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。                    (申命記6:4~9)

私たちの子供たち、次の世代を担う若者たちの将来に神が何を計画されているか、それを知ることは大切です。私たちはモーセの両親、主イエスの両親のようにこの時代に生きる全ての世代に対する神のみ心を真剣に求めているでしょうか?次のステージに向かって次の世代とともに歩んでいくことは、大きな特権であり、大きな責任でもあります。神の計画が実現するために、この時代の全ての世代を神がどのようにつなげようとしているのか学んで行きましょう。

Ⅰ.あなたは傍観者ですか?それとも挑戦者ですか?

主イエスが十字架の上ですでに勝利されたことを敵はすでに知っています。敵が知りたがっているのは、あなたが単なる傍観者か、それとも挑戦者なのかということです。

歴史を通して、神の国が根を広げたところには、必ず挑戦者がいたのです。モーセの両親の生涯、主イエスの両親の生涯を通しても、そのことを考えさせられます。世界中どこでも、教会が建て上げられたところに行って、歴史を調べるならば、誰かの信仰の証が残されているはずです。「主イエスが十字架の上で成し遂げてくださったことのゆえに、ここにも勝利が与えられた。」という証です。

どんな犠牲を払っても、病気になっても、経済的な問題があっても、尊敬されなくても、あるいは拒絶され迫害されても、キリストのために立ち続けた人々の証があるのです。彼らがその働きの途中で命を落とすことがあっても、誰かがその信仰を引きついでいるのです。信仰の継承は神の目的が達成されるまで続きます。

あなたが本当の挑戦者であると敵が知ったなら、彼のたくらみや支配は砕け散ってしまいます。あなたは勝利を経験するのです。あなたは真の挑戦者でしょうか?それともただの傍観者でしょうか?

Ⅱ.主イエスの視線で人々を見ていますか?

子供たち(若者たちに、新しい人たちに)霊的な理解力があると信じていますか?次の世代に対する私たちの期待も、また、私たちが彼らをどこに導いていけるかも、「私たちが彼らをどう見ているか」によって左右されます。次の世代に関わる私たちにとって、大切な質問があります。主イエスの視点で彼らを見ているでしょうか?神の願っていることが彼らの人生に実現するカギは私たちが握っているのです。

◇デイル・カフマン師の証

私は息子の前にひざまずいて、自分のために祈ってくれるように頼みました。「君の前にいるのはとても高慢な人なんだ。君よりも自分の方がエライ(イエス様にとって重要な人間だ)と思ってしまうんだよ。でもそれは間違った考えだね。君がどんなに大切な存在か、イエス様はお父さんに教えてくれた。お父さんはイエス様のように考えたい。イエス様のように君を見たい。これから君といっしょに歩んでいきたいんだ。イエス様がお父さんを変えてくれるように祈ってくれるかい。」私は首を垂れ、自分の頭に手置くように息子に頼みました。目を閉じていたので見えませんでしたが、5歳の息子が近づいて、祈っているのが聞こえました。

「イエス様、ぼくはお父さんが大好きです。お父さんをあなたのように造り変えてくれますか。きっとそうしてくれると信じます。イエス様のお名前によってお祈りします。」その瞬間に私の中に変化が起こったのです。主の前にへりくだった時に、主は私に近づいてくださったのです。子供たちの力をあなどってはいけません。

小さな子供たちと関わることは本当に楽しいことです。彼らは自然に喜びを分かち合い、いろんな方法で友達といっしょに楽しむことが得意です。子供たちの成長段階に応じて、創造的な方法で関わることは楽しいことです。聖書について、神について、いのちについて、子供たちは少しずつ真理を理解していきます。どのようにしたら神の言葉が子供たちの心に届くのか、それが大切です。単に子供たちに何かをさせることとは違います。子供たちに手をあげて、祈らせ、いろいろと何かさせることはできるかもしれません。でも、それが心に届いているでしょうか?

神さまがどのように人の心に触れてくださるか聖書を読むと、4つのカギがあることに気づかされます。その4つとは模範となること、関係を築くこと、神の声を聞くこと、励ますことです。

Ⅲ.神の声を聞いていますか?

もう一つ忘れてはならないものがあります。毎朝毎夜、主イエスが一番大切にされていたことです。それが人々の心に触れるカギであることを主イエスはご存じでした。・・・祈りです。祈りを通して私たちが神に語りかけるだけでなく、神が私たちに語ってくださるのです。私たちの心で個人的に神の語りかけを聞くことができるのです。大人だけでなく、成熟した人だけでなく、神の子とされた人であるならば、年齢に関わらず全ての神の子に与えられた能力です。

「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。」と主イエスは言われました。また、荒野でサタンの誘惑を受けた時には、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。」と答えられました。神の個人的な語りかけを聞くことは、神との関係の一番大切な部分であり、人生を通して、私たちに神の計画が実現するうえで、本質的に大切なことです。しかしそこには、危険性がともなうこともあります。神の声を聞き分け、神の声を聞くライフスタイルを身につけることには、痛みが伴います。神の方法を理解しないで自分の判断と力で何かをなそうとすることには代償がともないます。

Ⅳ.心に届いていますか?

イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
 (マタイ28:18~20)

私たちが避けるべきことがあります。まず、私たちは宗教的になってはいけません。子供たち(若者たち、新しい人たち)を宗教儀式に参加させることが目的ではなく、ライフスタイルを身につけるように助けることが目的だからです。彼らにとっては、自然で現実的であることが大切です。押し付けることを避けなければなりません。心に届いていないことを押し付けて言わせようとしたり、やらせようとしたりすることは禁物です。操作し誘導して何かをさせようとすることも同じです。神との透明な関係、正直で純粋な関係を築くことを妨げてしまいます。

「私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。」(申命記6:6)モーセに十戒が与えられた場面での神の言葉です。一方で主イエスは、「わたしがあなたがたに命じておいた全てのことを守るように、彼らを教えなさい。」(マタイ28:20)と、語られました。これは心に届くように教えるということであって、単に頭で理解させるということではありません。

神はモーセに対して、「イスラエルの民がわたしの言葉を頭で理解しているだけでは不十分なのだよ。」と、語られているのです。神のことばが神の民の心に届かなければならないのです。モーセのチャレンジがどのようなものであったか想像できるでしょうか?モーセは、「この民がどんな民か、あなたは知らないのですか?協力的ではないんです!」と、訴えることもできたのです。

心について話しましたが、人間には自由意志が与えられています。他の人が誰かに何かを強いることはできません。その人自身が決めなければならないのです。「神さま、この人々が自分の意志で、あなたを愛し、心からあなたに従うように導くにはどうしたらよいでしょうか?」モーセはそのように祈ったのではないでしょうか。

幸いにもモーセは、自分の力で神の民を導こうとはしませんでした。もし、そうしていたなら失敗していたことでしょう。神が何かをしなさいと私たちに語られる時、神を待ち望むこと、神にたずねることが大切です。そうするならば、神は私たちに知恵を与え、道を示してくださいます。模範となり、関係を築き、ともに神の声を聞き、お互いを励ますことを通して、はじめて神の言葉は人々の心に届き、そこに留まるのです。

Ⅴ.いつどこで教えていますか?

申命記6章7節にこう書かれています。「これ(神の命令)をあなたの子供たちによく教え込みなさい。」では、子供たち(若者たちを、新しい人たち)をいつどこで教えるのでしょうか?「あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも・・・」と、あります。

キリストの弟子とされた私たちは、多くの民を弟子とする働きに招かれているのです。それは目の前にいる人々との関係から始まります。あなた自身の子供たちかもしれません。また新しく救われた人々、救われようとしている人々かもしれません。この人たちが模範となる人々との関係から学び、神の声を聞き、励ましを受け、考えること、語ること、すること全てにおいて神の心を喜ばせる人へと成長する姿を思い描くのは楽しいことです。

「心と思い、知性と力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」という言葉を思い起こしませんか。罪から自由にされ、力と恵みを受け、主のために生きる子供たち(若者たち、大人たち)の姿を見ることは心躍らせます。次の世代を成長の過程に導き入れることは私たちに与えられた大きな特権です。

主はこの世界に影響を与え、神と共に前進するために全ての世代をつなぎ合わせてくださるのです。教会の全ての世代がともに働く姿は、なんとうるわしい光景でしょう。神の国の働きを進めて行くために、教会はすべての世代を必要としています。世代と世代をつなぐことの大切さについて学んできました。でも、そこには、カルチャーの違い、性格の違いなど様々なチャレンジがハードルとして横たわっています。世代と世代をつなごうとする時に、様々な難しさに直面し、意見が衝突することもあるでしょう。

しかし、聖霊が罪を持った私たち人間の内に住まわれ、私たちと関係を持とうとされる時の難しさを考えてみてください。救われた時だけでなく、日々の生活において、聖霊はすべての面で私たちと関わってくださっているのです。神が頑固な私たちと関わる方法を見つけてくださったのであれば、そこに私たちの望みがあると思うのです。聖霊は忍耐をもって私たちを導き、世代を超えて私たちを結び合わせ、私たちが神の家族としての関係を建て上げるのを助けてくださいます。私たちは聖霊のこの働きに目をとめ、それを理解しようとするだけでなく、「私たちを主と同じ姿に変えてください。」とお願いし、協力することができるのです。また、他の世代に手を差し伸ばし、お互い結び合わせてくださるようにと祈ることができます。私たちは、全ての世代の人々と心を交わして、神の恵みを分かち合うことができるようになるのです。

神の国の家族として集まることには、常にチャンレジが伴います。しかし、これこそが揺るぎのない神の国のライフスタイルにつながるカギです。私たちのコミュニティーを変革する流れが起こるのはそこからです。チャレンジがあっても不可能ではありません。私たちは、聖霊が世代と世代のつながりを通して働いておられると信じています。神はこの時代に生きる全ての世代にご計画を持っておられ、それを実現するために、私たちを一つにしてくださるのです。
※キングズ・キッズ創設者デイル・カフマン師のメッセージから