2018年9月30日日曜日

この道の者


イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。
(ヨハネの福音書14章6節)

「わたしが道です」という主イエスのことばは、単に信じる者が救われて天国(父のもと)に行けるということだけを意味していません。むしろこの地上に生かされている間、御父とともに歩み、御父がどのような方であるかを知り、御父のこころを自分のこころとし、それを行っていく者とされることを教えています。

使徒の働きで、キリストの弟子たちは「この道の者」(9章2節)、と呼ばれています。「この道」は単なる教えではなく、復活されたキリストに従った弟子たちの生き方(生き様)そのものでした。「わたしを見た者は父を見たのです。」(ヨハネの福音書14章9節)主イエスを通して、この世界に御父の姿が現されたのと同様に、「この道の者」と呼ばれた弟子たちを通して、この世界に復活のキリストが現されたのです。教会はキリストの働きだけを担っているのではありません。キリストのからだである教会はキリストがどのような方であるか、御父がどのような方であるかを現すために、この地上に置かれているのです。私たちは「この道の者」として生きているでしょうか?

私のクリスチャンの歩みに大きな影響を与えた三人の友人(先輩)たちの証しを交えて、「この道の者」(キリストの弟子)として生きることについてみことばを分かち合いたいと思います。

1.「この道の者」とは、キリストの召しに応える者 

「父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」
(ヨハネの福音書20章21節)

主イエスは、地上の人生をはじめから終わりまで、御父との親密な交わりの中にとどまり続け、ご自身をお遣わしになった御父に従い通しました。「この道の者」と呼ばれた弟子たちもまたキリストの御霊によって送り出され、その導きに最後まで従い通した人々でした。

小林繁樹牧師の証し:65才で牧会を退いた後、神様の召しに答え、それ以来毎年サハリンを訪問し教会開拓を始めた方です。旧ソ連崩壊後の混乱の中で多くの若者たちが洗礼を受けてキリストの弟子となり、20年に渡る弟子作りの結果、小林先生の働きを通して60以上の教会が生まれました。4年前に昇天されましたが、サハリンの多く牧師たちが今でも小林先生を自分たちの霊的なお父さんとして尊敬しています。私の古い友人の一人でしたが、小林先生との交流を通して神さまの召しに応えることの意味について教えられました。

2.「この道の者」とは、あわれみのこころをもつ者 

また、群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。
(マタイの福音書9章36節)

口語訳では「深くあわれまれた」となっていますが、本来は「断腸の思い」に近いニュアンスの言葉です。主イエスの働きの動機は常に深いあわれみでした。「この道の者」と呼ばれたキリストの弟子たちを突き動かしていたのは、「神の国を広げたい。」という主イエスから受け継いだ情熱であり、失われた人々に対する「深くあわれみ」でした。
ロイ・アパロス牧師の証し:ロイ牧師は38年来の友人ですが、牧師と言うよりは根っからの伝道者です。近年、インドの教会はヒンドゥー至上主義のもとで激しい迫害にさらされていますが、その中でも、できる限りのことをして伝道を続けています。ロイ牧師は海外からの支援によって養護施設(現在は小学校)を作り、長年、ローカーストの子どもたち、人身売買から救出された子どもたちを引き受けて育てていました。クリスチャンのスタッフから愛情を受け、また教育を受けて、子どもたちが変えられていく姿を見ることが彼にとっての大きな励みです。一人でも多くの人に福音を伝えたい、一人でも多くの人を神の国に招き入れたいというロイ牧師の姿から「あわれみのこころ」について教えられました。

3.「この道の者」とは、教会を愛する者

「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」
(ヨハネの福音書16章33節)

「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
(マタイの福音書28章20節)

主イエスは、私たち教会がこの世界にあってどんなに励ましを必要としているかご存知です。私たちに対して、「最後まであなたたちを離れずにともにいる。」約束してくださっています。なんと心強いことでしょう。「この道の者」と呼ばれたキリストの弟子たちも迫害の中にある教会を愛し、ともに歩み、励ます人々でした。

チャーリー・タッカー牧師の証し:タッカー牧師はわたしの20年来の友人でメンター的な存在です。日本の教会を愛し、毎年、私達を訪問してくださっています。わたしがクリスチャン生活の中でもっとも困難な時期を支えてくださった信仰の友人であり先輩です。教会を始める前の数年間、非常に苦しい状況の中に置かれていました。出口の見えない数年間、タッカー牧師のことばにずいぶん支えられました。来日されたときは、わたしとの面談を優先してスケジュールに入れ、毎回ほぼ半日時間を過ごしてくださいました。「私は君の人生の旅を最後までいっしょに付き合うよ。」と言ってくれた彼のことばが忘れられません。タッカー牧師からは、ともにいること、話に耳を傾けること、励ますこと、それがどんなに人を支えるかを教えられました。

4.「この道の者」とは、神さまにこころをささげた者

この三人の友人はみな素晴らしい働き人ですが、決してパーフェクトだと言うことではないです。それぞれ欠けたところや、弱さを持った方たちです。ただ一つ共通しているのは、神さまにこころをささげた誠実な人であるという点です。「実りある働きの鍵は何ですか?」という問いに対して、ジャック・ヘイフォード牧師は『神にこころをささげ切ること』こそが、その答えです。」と答えています。「この道」をキリストとともに歩む者となるかどうかは私たちの選択にかかっています。