2019年2月10日日曜日

神を愛し、人を愛し、キリストの弟子を作る


Ⅰ.足場

建築現場で作業をするために足場を組んでいるのを見かけることがあります。建物を建てるために、あるは修繕するために、作業しやすいように建物の中や外に足場を組む必要があるからです。しかし、建物が完成したときには足場は必要なくなり解体されてほかの場所に運ばれて行きます。

教会とは、建物やプログラムでも、教団組織や伝統でもありません。それらはちょうど足場のようなものであって、私たちが主イエスの召しに応えるための、また主イエスによって託された働きを進めて行くための補助的な道具にしかすぎません。

聖書は神の子とされた人々こそが教会であると教えています。教会とは神の家族とされた人々の関係そのものです。また、聖書は教会を「キリストのからだ」「キリストの花嫁」とも読んでいます。この教会(私たち)を一つにして完成することが神の最高の計画であり、神が心から熱望しておられることなのです。この計画を実現するために、キリストはご自身のいのちを投資されたのです。

足場は一時的なものであることを忘れてはいけません。足場が解体されて取り去られる時がくるのです。それは教会を完成するためにキリストが来られる時であり、完成した教会をキリストが迎えに来られる時です。

Ⅱ.私たちに対する神の召し

◆マタイの福音書22章36節~40節
「先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。」
そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
これがたいせつな第一の戒めです。
『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。
律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」

私たちに対する主イエスの召しは、主の語られた「もっとも大切な戒め」の中に集約されています。主イエスは「心から神を愛すること」、「自分と同じように人を愛すること」この二つよりも大切な戒めはないと教えられました。神のために何かをすること以前に、神を愛するように私たちは召されているのです。また、人のために何かをすること以前に、人を愛するように私たちは召されているのです。愛するとは、主イエスがされたように、その人を訪ね、時間をともに過ごし、耳を傾け、いっしょに食事をし、その人のために祈ることです。特別なことではありません。

Ⅲ.私たちに託された神の働き

私たちに託された一番大切な働きとはなんでしょうか。素晴らしい活動やプログラム、素晴らしいワーシップやメッセージ、それも大切かもしれませんが、一番大切な働きではありません。私たちに託されている一番大切な働きとは「キリストの弟子を作ること」です。
◆マタイの福音書28章18節~20節
イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

Ⅳ.キリストの弟子を作る

弟子はギリシャ語でマテーテースと言いますが「学ぶ者」を意味します。キリストの弟子とは主イエスから学ぶ人です。主イエスが父なる神を愛され、父なる神のことばに従われたように、私たちもまた父なる神を愛し、父なる神のことばに従って生きる人となることです。主イエスが失われた人々を訪ね探し出して友となられ、一人ひとりを父なる神との関係の中に導かれたように、私たちもまた、私たちの周りにいる人々の友となり、父なる神との関係の中に導く人となることです。

キリストの弟子を作るとは、「私たちの友となった人々がキリストを通して父なる神を愛し、周囲の人々を愛する人生を送ることができるように神の家族として助けること」です。そのようにして「神を愛し、人を愛し、主イエスの弟子を作る人」が次々と生まれてくることを神は願われています。その願いに私たちはどこまで応えようとしているでしょうか。

Ⅴ.聖霊の力

教会を完成するという大事業を実現するために、「私たちが召しに応え、神を愛し、人を愛し、キリストの弟子を作る者となること」を神は待っておられるのです。神が教会に助け主である聖霊を注がれたのは、まさにそのためなのです。やがて足場が取り除かれる時が来るのです。

◆使徒の働き1章8節
しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。