2018年12月2日日曜日

新しい人


前回は、コロサイ人への手紙3章(12節~17節)からキリストの平和についていっしょに学びました。その中で、12節にの「神に選ばれた者、聖なる、愛されている者」を引用して、キリストにある私たちが、神の目にどのような存在であるかについて少し触れました。今日は同じ3章の9節、10節から、どのようにしたら「私たちに与えられているキリストにあるアイデンティティ」の中に生きられるのかもう少し踏み込んで考えたいと思います。

互いに偽りを言ってはいけません。あなたがたは、古い人をその行ないといっしょに脱ぎ捨てて、
新しい人を着たのです。新しい人は、造り主のかたちに似せられてますます新しくされ、真の知識に至るのです。
(コロサイ人への手紙3章9節~10節)

エペソ人への手紙4章(22節~24節)では、「脱ぎ捨てるべき」、「新しい人を身に着るべき」と命令文で書かれていますが、コロサイ人への手紙では「、古い人を脱ぎ捨てたこと」、「新しい人をきたこと」はもうすでに起こった恵みの事実として書かれています。「キリストにある新しいアイデンティティが、与えられているのだから、それにふさわしく生きなさい。」というのがパウロの私たちに対するメッセージです。

Ⅰ.「古い人を脱ぎ捨てた」「新しい人を着た」

コロサイ人への手紙では、一度きりの繰り返されない行為として起こった事実として、「古い人を脱ぎ捨てた」「新しい人を着た」と書かれています。キリストのあがないによって、私たちのアイデンティティはまったく変えられているのです。聖句を二つだけ引用したいと思います。(※アイデンティティ=自分がどのような存在か)

しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。
(ヨハネの福音書1章12節)

神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。
(コロサイ人への手紙1章13節)

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。
(コリント人への手紙第二5章17節)

神の一方的な恵みによってキリストを信じる者たちに与えられたアイデンティティについて教えている箇所が、ほかにも多くありますが、聖書を開いてぜひ探してみてください。「人間は自分で自分を根本的に変えることはできない。自分を救うことができない。」というのが聖書の教えです。もし、できるのならば、キリストは私たちのために十字架にかからなくてもよかったはずです。あなたが、もしキリストを救い主として信じているのならば、それまでの古いあなたはキリストとともに十字架にかけられて死んでいる、そして今のあなたには、復活のキリストにあって新しいいのちが与えられている、それが聖書のメッセージです。

Ⅱ.「古い人を脱ぎ捨てなさい」「新しい人を着なさい」

一方で先に述べたように、エペソ人への手紙では、「古い人を脱ぎ捨てなさい」「新しい人を着なさい」と命令文で、弟子たちに呼びかけています。

その教えとは、あなたがたの以前の生活について言うならば、人を欺く情欲によって滅びて行く古い人を脱ぎ捨てるべきこと、
またあなたがたが心の霊において新しくされ、
真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着るべきことでした。
(エペソ人への手紙4章22節~24節)

キリストを主として信じる者たちのアイデンティティ、またその立場は救いを通してまったく変えられているのです。暗やみの圧政から、恵み深いキリストのご支配の中に、罪の奴隷から、神のしもべに、神の子どもに、・・・・・数え上げたらきりがありません。「古い人」とは、ほろびの運命にしばられ罪の奴隷であったかつての私たちの姿です。「新しい人」とは、天にあるすべての祝福を受け継ぐ神の相続者として召されている今の私たちの立場です。そのようなすばらしい立場、アイデンティティがキリストを信じるすべての者に、すでに与えられているのですが、私たちはそれを握って生きているでしょうか?パウロはエペソの弟子たちに、また私たちに、「神が代価を払って与えてくださった新しいアイデンティティの中に日々自覚をもって生きなさい。」と呼びかけているのです。「古い人を脱ぎ捨て」「新しい人を着る」、それはすでに恵みによって、私たちの身に起こったことなのですが、その真理を選び取って生きるかどうかは私たちの選択にかかっています。信じるとは、みことばで自分の思いを満たし、そのみことばを告白し、そのみことばに生きることです。

しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。
(ペテロの手紙第一2章9節)