2018年5月13日日曜日

一番たいせつな命令



律法学者がひとり来て、その議論を聞いていたが、イエスがみごとに答えられたのを知って、イエスに尋ねた。「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」
イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。
心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」
マルコの福音書12章28節~31節)



Ⅰ.二つの命令


主イエスは旧約聖書全体のどの命令よりもこの二つの教えが大切であると語られました。マタイの福音書では、「律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」と書かれていますが、神さまのすべての教えを要約していると教えています。

Ⅱ.自分を愛するように



二つ目の命令をよく読むと、「自分を愛するように」というフレーズの中に、もう一つの命令が隠れていることに気づきます。牧師をしていると、いろいろな問題を持った方たちの相談を受けることがありますが、多くは人間関係の問題です。話しを聞いていると共通した問題が横たわっていることに気づかされます。本当の意味で「自分を愛せない」「自分を赦せない」という問題です。自分を赦し、愛せなければ、当然、身近な人たちを赦したり、愛したりすることはできません。そこからさまざまな問題を抱えるようになります。

Ⅲ.救いの道



聖書は、私たちに自分を赦し、自分を愛せるようになるための解決の道を教えています。それが、第一の命令である「神を愛する」ことです。「どのようにしたら神にお会いできるのか分からない、どのようにしたら神を愛せるのか分からない」、そのような私たちを、神様はキリストを通してご自身のもとに招いてくださっているのです。

イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」
ヨハネの福音書14章6節



Ⅳ.神の愛



創造主である父なる神だけが私たちを本来の姿に回復してくださることのできるお方です。大きな犠牲を払って私たちを愛してくださった神の愛を知った時に、はじめて私たちは、自分が赦されていること、愛されていること、尊い価値ある存在であることを知ることができるのです。私たちを愛してくださっている神様の愛を受け止めることが最初の一歩です。

しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。
(ローマ人への手紙5章8節)